ルーツ探訪 2007年
12月
手をかけて、心を込めて「東北の郷土料理」
その土地が産する旬の素材を使い、ていねいに手を働かせ、心を込めてつむがれたおいしさ。そして、知恵と工夫を加えながら、連綿と伝え継がれてきた地方独特の味わい。2007年『ルーツ探訪』では、ハレの日のごちそうとして、また日常食・おやつとして、人びとに“口福”をもたらしてきた東北の郷土料理をご紹介してまいります。

★ 福島県


●家庭料理から郷土料理として再評価。松前漬けのルーツ?《いかにんじん》

 にんじんの鮮やかな色が食欲をそそる「いかにんじん」は、福島市や伊達郡など福島県北部に伝わる料理。地元の各家庭では、おかずやお酒のおつまみ、また、冬の保存食として日常的につくられてきました。あまりにも身近な食べ物だったため、人びとの意識としては「家庭料理」の域を出ることはなかったようです。しかし、近年の文献調査や古老への聞き取りにより、江戸時代後期から当地で食べられてきたことが判明し、郷土の味として注目されるようになりました。作り方はいたって簡単。細切りにしたスルメとにんじんを、しょうゆ、日本酒、みりん、ダシなどでつくった調味液(お好みで唐辛子も入れる)に漬けるだけ。調味液はいったん沸騰させ、あら熱をとったあとに使うと味がよくしみます。「これに昆布と数の子を入れたら、北海道名物の『松前漬け』になるのでは?」と思われた方もいるかもしれませんね。実は、いかにんじんこそが、松前漬けのルーツであると言われているのです。“19世紀の初め、北海道松前藩の領主が、現在の伊達郡飯野町に国替えになり、そこで家臣はいかにんじんを知った。再び松前藩に国替えになったときに作り方を持ち帰り、特産の昆布などを加え、松前漬けをつくった”という説が伝わっています。最近では、福島市出身のタレントがテレビで紹介したところ、番組に問い合わせが相次ぎ、郷土料理として広く認知されるようになりました。スルメの独特の香りとにんじんのほのかな甘さが後を引き、サラダ感覚で食べられるうえ、栄養素(カロチン)もたっぷり摂れます。にんじん嫌いの子どもたちには、マヨネーズであえたものを…とは地元のお母さんたちのアイデアです。

●稲作かなわぬ厳しい土地柄。知恵と工夫で山川の恵みを活かしきる。 《裁ちそば、山人(やもーど)料理》

 福島県最南端に位置する檜枝岐(ひのえまた)は、東北最高峰の燧ケ岳(ひうちがたけ、2356メートル)、会津駒ケ岳、帝釈山など2000メートル級の山々に囲まれる村。村全体の面積の実に98%が山林という典型的な高冷地山村です。冷涼な気候のため稲作には適さず、寒冷地でも栽培できるソバが、主な炭水化物源となってきました。そんな檜枝岐村独特の料理のひとつが「裁ちそば」と呼ばれるつなぎ(小麦粉や山芋など)を全く使わずにつくるそばです。ソバ粉100%の十割そばは、熱湯でしっかりと練り上げても、粘り気がないため、折りたたむとすぐに切れてしまいます。そこで3ミリほどの厚さに伸ばし、たたまずに20枚ぐらい重ねたものを、手を添えて、包丁を引くように切っていきます。「小間板(駒板)」(そばを切るときにあてる定規のような道具)などを使わずに、細く均等に切り分けていく様はまったく見事なものです。その昔、檜枝岐村では、そば打ちは女性の仕事とされ、布を裁つように切ることから「裁ちそば」と名付けられたといいます。
男たちの多くは、山にこもり、猟や木地細工(杓子や曲げ物)に精を出しました。「山人(やもーど)」と呼ばれた人たちです。そんな山仕事に明け暮れる男たちのために、知恵と工夫を重ねて編み出されたのが「山人料理」です。手に入る材料は、ソバのほかに、ヒエ、アワ、山菜、キノコ、川魚(アユ、コイ、ヤマメ、カジカ、サンショウウオなど)、獣肉(クマ、シカ、ウサギ)など、その多くが自然からの恵みもの。その限られた素材をもとに、いかに味わいと見た目に変化を持たせるかが、女性たちの腕の見せ所だったそうです。何日も山にこもっていた主人を迎える日に、特に念入りにつくったのが前述の「裁ちそば」。「家族のためにごくろうさま」と麺棒を握る手にも力がこもったことでしょう。




参考文献・サイト
読売新聞東京本社地方部編 『郷土食とうほく読本』無明舎出版
尾瀬桧枝岐温泉観光協会 http://www.oze-info.jp/


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