ルーツ探訪 2007年
8月

★ 秋田県


●魚を塩とこうじで発酵させ「魚醤」を調味料に。めいめいに小さな鍋で仕立てた《しょっつる貝焼(かや)き》

 「塩魚汁」「塩汁」などの字が当てられる“しょっつる”は、秋田独特の調味料。かつて、ハタハタ、イワシ、ニシンなどの魚が大量・安価に入手できた当地の各家庭では、これらの魚類に塩とこうじを加えて漬け込み、十分に発酵させて、自家製のしょっつるを作りました。秋田独特の…と前述しましたが、このような魚醤(ぎょしょう)は各地にあり、石川県の能登半島周辺の「いしる(イカの内臓からつくる)」、「よしる(イワシが原料)」、香川県には「いかなご醤油」があります。また、海外に目を転じれば、タイの「ナンプラー」、ベトナムの「ニョクマム」、フィリピンの「パティス」などが知られます。こうした魚醤は、特有の臭気と強い塩味を持っていますが、魚の動物性たんぱく質が分解されてできたアミノ酸などを豊富に含むため、濃厚なうま味をもっています。ですから、昆布やかつおぶしでダシを取った汁に、少量使うことで、深くて豊かな味わいを醸し出してくれるのです。
 さて、「貝焼き」とは、直径が6寸(約18センチ)もある大きなホタテ貝の貝殻を鍋がわりにし、「キャフロ(貝風呂)」と呼ばれる小さな七輪にのせて、各人が煮ながら食べる料理です。貝殻は、金属製の手ごろな鍋が手に入らなかった頃の知恵ですが、なかなか風情があって楽しいものです。材料は季節の魚に野菜や山菜、豆腐など。最近では豚肉やとり肉も用いられます。味付けは、もちろんしょっつる。この「小鍋だて」ともいえる貝焼きも、近年、意味が広くなり、当地では鍋物の総称として用いられることが多くなりました。確かに鍋料理は、一度にたくさん煮たほうが、素材のうまみが溶け合って、さらにおいしく仕上がりますね。

●香ばしい木の香が、あとをひく。“がっこ”の国、秋田が育てたいぶし銀の味 《いぶりがっこ》

 秋田、特に県南の地方では、漬物のことを「がっこ」といい、「雅香」の字があてられることもあります。長い冬ごもりを強いられる中で、保存のきく“がっこ”は食生活になくてはならないものであり、工夫をこらしてたくさんの種類がつくられてきました。その代表格ともいえるのが、“雅な香り”を放つ「いぶりがっこ」。初めて食べた人は、その独特の燻製臭に驚かされるものの、食べていくうちに彫りの深い風味に魅了されるという不思議な漬物です。
いぶりがっこはその名の通り、囲炉裏の焚き火のうえで、だいこんをいぶすように乾燥させたのち、糠に漬け込んだもの。その作り方から「内干したくあん」とも呼ばれます。晩秋から初秋にかけて晴天が続かず、天日乾燥による干しだいこんづくりが適さない土地柄と、漬物をこよなく愛する風土が生んだ郷土の味です。住まいに囲炉裏を備えることもなくなった現在、戸外に燻製小屋を建てて、我が家の味を守る家庭もあります。しかし、手数のかかる自家製は、残念ながらその数を減らしつつあるようです。
 秋田では「がっこ」と「味噌」は、台所を預かる主婦の腕の見せ所でした。特にがっこは、日常の食事のみならず、冠婚葬祭に出される膳やお茶請けにも添えられ、味を競い合ってきました。そうして磨かれてきた個性豊かな秋田のがっこ。これがなければ、ご飯が食べられないという声にもうなずけます。




参考文献・サイト
「日本の食生活全集 秋田」編集委員会 『聞き書 秋田の食事』 (社)農山漁村文化協会


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