ルーツ探訪 2007年
9月

★ 岩手県


●何につけても「もち」を搗く。30種以上といわれる多彩な食べ方は日本一《もち》

 四国4県に匹敵する面積をもち、都道府県としては北海道に次ぐ大きさを誇る岩手県。その県土の広さゆえ、食文化は地域による違いが際立っています。独自の食生活は、緯度や標高の差、暖流・寒流の影響といった気候の違い、藩政時代の伝統や歴史(県南は伊達藩、他地域は南部藩)、地味(土地の生産力)や水田化率などが複雑にからみあい、長い時間をかけて形成されてきたもの。県北はひえ、そば、小麦、大豆などの雑穀文化、県南は米や大麦などを多面利用した食文化、に大きく二分することができます。
 中でも注目したいのが、県南の「もち文化」。北上川下流域の豊かな稲作地帯に属するこの地方では、冠婚葬祭だけではなく、正月や節句、祭り、収穫などを祝う“晴れ”の日には、どこの家からも、ぺったんぺったんともちを搗く音が聞こえてきたそう。かつては1年のうち、延べ1ケ月以上はもちが食卓に並んだともいわれ、祝儀・不祝儀それぞれで出される、格式ある「もちの本膳料理」もこの地方独特のものです。味付けや食べ方もひじょうに多彩で、小豆、くるみ、ごま、きな粉、ずんだなどの甘味のもちに始まり、雑煮もち、しょうがもち、えびもち、納豆もち、じゅうね(えごま)もち、豆腐もち、ふすべもち(辛味もち)、ごぼうっ葉もち、ほやもち、きじもち…など、その数は20とも30とも、または数え切れないほどあると県南の人びとは自慢します。

●御法度に触れずに、そばのおいしさと栄養分をまるごといただきます 《やなぎばっと》

 冷涼な気候や痩せ地など、条件のよくない土地に適する作物の代表として挙げられるのが「そば」。俗に「そば七十五日」といわれるほど収穫までの期間が短く、病害虫や雑草害にも強く、手が掛からない、と優れた性質を持っており、岩手県では北部を中心に盛んに栽培されてきました。
かつて岩手では、そば切り(こんにち私たちが食べている細く切ったもの)は「そばはっとう」と呼ばれ、祝いの席でしか食べられない最高の晴れ食でした。作るのに手間がかかるぜいたく品として、南部藩が御法度(ごはっと:禁止)にしたことから、「はっとう」の名がついたといいます。御法度に触れずに、そばを美味しく食べる工夫として生み出されたのが「やなぎばっと」です。地域によって、柳葉、柳だんご、干し葉たんぽ、盛りばっとうなどと呼ばれます。作り方は簡単です。そば粉を湯でこね、手のひらのくぼみに入れて柳の葉のような形にし、根菜・きのこ・こんにゃく・豆腐・ねぎなどといっしょに煮込み、味噌で調味します。具だくさんで主食にもなります。
そばには、血管の弾力性を保つ「ルチン」が含まれています、高血圧症や動脈硬化など生活習慣病の予防に効果があるというわけですが、ルチンは、水に溶けやすい性質を持っているため、ゆで汁に流れ出てしまいます。ですから「そば湯」を飲むのは、とても理にかなっていることなのです。先人の知恵に脱帽ですね。「やなぎばっと」もゆでた汁ごと食べるので、水溶性のルチンやビタミンB群などのすぐれた栄養分を無駄なく摂ることができます。ただし、そばは冷めるとかたさが出てくるので、出来たてのアツアツをいただきます。ひと口ごとに、栄養分が体に染み渡っていくかのような温かな味わいです。




参考文献・サイト
「日本の食生活全集 岩手」編集委員会 『聞き書 岩手の食事』 (社)農山漁村文化協会
農文協編集 『伝承写真館日本の食文化1 北海道・東北1』 (社)農山漁村文化協会
読売新聞東京本社地方部編 『郷土食とうほく読本』無明舎出版


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