小町まつり
小町塚小町堂/秋田県雄勝町
●出生、悲恋、晩年・・・小町伝説が語り継がれる秋田美人の郷。
クレオパトラ、楊貴妃と並んで世界3大美人のひとりに数えられる小野小町。
六歌仙、三十六歌仙に挙げられる才女にもかかわらず、その人物像には謎が多く、古今和歌集などに歌が残されているだけで、仁明天皇(在位833-850)の頃、宮廷に仕えた女房だったらしいこと以外、詳らかではありません。
伝説の人にふさわしく、各地に数々の言い伝えが残されていますが、秋田県雄勝町が最北端の伝承の地です。
雄勝町に伝えられるところによると、小野小町は学者小野篁(たかむら)を祖父に、出羽国郡司の小野良実と、土地の豪族の娘との間に生まれました。
その類まれな美貌と教養により、13歳で宮中に召されますが、後宮勤めに疲れ、三十半ばにして生まれ故郷に帰ってきます。
そんな小町を追って京からやってきたのが、深草少将です。
純情一途な少将に対して、小町は「土手に毎日一本ずつ芍薬(しゃくやく)を植えてください。
百本になったらお会いしましょう」と百夜通いを条件付けます。
当時小町は、疱瘡(ほうそう)を患っており、百日を療養に当てたのです。
そしてついに百日目。この日は激しい嵐でした。
少将は人々が止めるのもきかず、暴風雨のなか、最後の芍薬をもって出掛けます。
しかし、はんらんする川を渡る途中、橋もろとも流されてしまったのでした。
小町は少将の死を深くいたみ、92歳で天寿を全うするまで、世を避け、洞窟にこもって暮らしたといいます。
●現代によみがえる七小町、市女笠にかくされたゆかしくも美しい想い。
深草少将が植えたとされる芍薬が咲きそろう6月のなかば、雄勝町では「小町まつり」がおこなわれます。
市女笠(いちめがさ)をかぶってそろそろと現れるのは、通い小町、清水小町、雨乞い小町、草紙洗い小町、鸚鵡(おうむ)小町、関寺小町、卒塔婆(そとば)小町の七小町。
いずれも雄勝地区から選ばれた女性たちです。
お祭り初日は日が暮れてからの開催。
深草少将との悲恋が幻想的な音響と照明のなかで演じられ、見る人を幽玄の世界に誘います。
二日目は巫女舞や小町太鼓、小町踊りなどが披露されたあと、七小町が登場し、小野小町の7首の歌を朗詠します。
両日おこなわれる撮影会では、現代の小町をひとめ見ようと、カメラを抱えた多くの人で賑わいます。
小町は晩年、若き日の自分の姿を木像に刻んで過ごしたといわれていますが、それは今も菩提寺の向野寺に残されています。
五つ衣の彩色は、月日を重ねて色あせていますが、やさしさと哀しさが宿る表情に、波乱の人生を生きた小町の心が映し出されているようです。
お祭りINFORMATION
毎年6月第2土曜日・日曜日開催。2004年は6月12、13日
雄勝町には小町と深草少将にちなむ古跡が数多く残されているので、興味のある人はぜひ足を運んでほしい。
小町の自像が安置される向野寺は、秋田三十三観音札所のひとつ。
問い合わせ:雄勝町観光協会0183-52-2111
参考文献・サイト
ふしぎの祭り/にじゅうに編集部編 鰍ノじゅうに
東北お祭り紀行/重森洋志 無明舎出版
秋田県雄勝町役場 http://www.ogachi.jp/