ルーツ探訪 2007年
2月

★ 秋田県


●米どころならでは。味噌や比内地鶏スープとの相性バッチリ《きりたんぽ》

 秋田はお米の国。米の増反増産は佐竹藩政以来の“藩是”“県是”であり、冷害・飢饉が続いた年でも、豊作時と変わりなく食べていたといいます。そんな米どころならではの料理といえば、「たんぽ(きりたんぽ)」。ちなみに「たんぽ」の名は、槍術の稽古用の「タンポ槍(綿と布で刃を覆ったもの)」に似ていたことから付けられたという説があります。作り方はまず、堅めに炊いた白米飯を湯気の立つうちに、すりこぎで「半ごろし」につぶします。なんとも物騒な物言いですが、これはすりつぶしの度合いのことで、米粒がやや残っている状態のことをいいます。次に秋田杉の串にのばして、竹輪のように形作り、これを囲炉裏の火のまわりにぐるりと並べ立ててあぶります。淡い焼き色がまんべんなくつくように串を回していると、なんとも言えぬ香ばしい匂いが漂ってきます。焼きあがったら、付け味噌(ごま味噌、さんしょう味噌、砂糖味噌など適宜)にくぐらせて、熱々をいただきます。これが「味噌(つけ)たんぽ」です。
一方、今や全国でも広く知られるようになった秋田の名物料理「きりたんぽ鍋」は、地鶏のガラでダシをとり、しょうゆ他で味付けしたつゆに、ごぼうや鶏肉、まいたけ、ねぎ、せりを入れて煮込み、適当な大きさに切ったたんぽを入れたもの。このきりたんぽ鍋独特の深い味わいに欠かせないのが、薩摩地鶏、名古屋コーチンと並んで三大地鶏に数えられる比内地鶏。そもそも秋田県北部では、縄文時代以前から存在していたといわれる「比内鶏」が飼育されていましたが、交配されていない貴重な純粋種ということで、1942(昭和17)年、国の天然記念物に指定されました。そのため食用として、比内鶏の特長を受け継ぐ比内地鶏が開発されたというわけです。

●なれずしの一種。ハタハタと米こうじが、じっくりと旨みを醸す《すしハタハタ》

 元禄年間(1688-1704)に発行された『日本諸国名物尽』に「出羽の国ハタハタ鮨」と紹介されているのが「すしハタハタ」。佐竹公が常陸太田から国替された1602(慶長7)年以前から、年取り(大晦日)や正月の祝い膳として、また、冬の間の保存食として作られていました。作り方は…ていねいに下ごしらえ(塩漬けののち、酢漬け)をしたハタハタを、炊きたてのごはん、こうじ、薄切りしたにんじん・かぶ、ちぎったブリコ(ハタハタの卵)、ふのり、塩とよく混ぜ、これを漬け樽の中に、笹の葉と交互に敷き詰めていきます。すき間なく漬け込んだら、厚手の落としぶたをして、できるだけ重い重石を乗せます。すしが熟れるまで1カ月以上、時間をかけておいしく熟成していきます。
♪秋田名物八森ハタハタ♪と秋田音頭にも謡われるハタハタは、秋田の県の魚に指定されているスズキ目ワニギス亜目ハタハタ科に属する深海魚。体長15〜20センチほどでウロコがありません。雷がよく鳴る11〜12月にかけて獲れるのでカミナリウオの別名があります。1970年代までは大量に水揚げされていましたが、80年代に入って漁獲量が激減。近隣国からの輸入物もありますが、国内産は高級魚として高値で取り引きされるなど、庶民の魚とはほど遠くなってしまいました。




参考文献・サイト
「日本の食生活全集 青森」編集委員会『聞き書 青森の食事』(社)農山漁村文化協会
ハイパープレス『県民性がわかるおもしろ食の大事典』青春出版社


←2007年1月号へ [ルーツ探訪]に戻る 2007年3月号へ→