青森県
●ウニとアワビ。採れたての新鮮な素材を煮て食べる、猟師の磯料理がルーツ《いちご煮》
イチゴを煮る? いえいえ、これはお吸い物。煮立てたお湯のなかに、ウニの身を入れ、しょうゆと酒、塩、それぞれ少量で味を調え、火からおろす直前に薄く切ったアワビ、千切りにしたシソの葉とネギのみじん切りを散らした料理。熱湯にウニを入れると表面がブツブツにふくらんで、モミジイチゴ(キイチゴ)のようになることから名付けられたそうです。また、アワビを加えると、エキスが溶け出して汁が乳白色に濁るため、椀のなかの様子を“朝もやに浮かぶキイチゴ”に見立てるロマンチストもいます。もっとも、鮮度がよくないと「朝もやとキイチゴ」にはならないそうで、お刺身でも食べられる活きのよい素材を煮るとは、なんともぜいたくです。
元はといえば、八戸市から岩手県北部にかけての沿岸部で、猟師たちが採ってきたウニ、アワビをその場で煮て食べた磯料理で、見た目の上品さと深い味わいから、やがて結婚式などの晴れの日に欠かせないご馳走となりました。舌の上でとろけるウニと、コリコリとしたアワビの食感、旨みをまとった磯の香りとシソの風味が口いっぱいに広がって…。地元の人たちが「天下一品の吸い物」と自慢するのもうなずけます。
●南部せんべいをダシのきいた汁のなかへ。一度食べたら忘れられない独特の歯ごたえ 《せんべい汁》
さて、こちらも変わった名前です。八戸市周辺で約200年前から食べられてきたといわれる「せんべい汁」は、肉や魚、野菜やキノコなどを煮込み、旨みが出たダシのなかに「南部せんべい」を割って入れたしょうゆ仕立て(味噌、塩ベースもある)の汁または鍋物のこと。せんべいが具とは、なんとも意外ですが、食べやすい大きさに割って煮ると、よく味がしみて、弾力がある独特の食感を楽しむことができます。
さて、せんべい汁に使われる「南部せんべい」の成立は、諸説ありますが、江戸時代後期とされています。飢饉や凶作に強く、地域の土壌に適した「麦」「そば」の栽培が盛んになるにつれて、それらを素材とした保存食のひとつとして広がっていきました。現在のような堅焼きのタイプが登場するのは明治時代の中ごろで、それまでは餅せんべいやてんぽ(天保:てんぽう)焼きのような柔らかなせんべいが、主食や小昼(こびる:朝食と昼食の間に摂る軽い食事)に食べられていました。それを季節の汁物にちぎって入れたのがせんべい汁の始まり。戦前までは、せんべいを焼く鉄製の型を持つ農家が少なくなかったといいますから、いかに食生活に溶け込んでいたかがわかります。
長い間、家庭料理として愛されてきたせんべい汁は、2002年の東北新幹線八戸駅開業を機に、地域おこしの旗印とされ、メディアへの登場も増えて、知名度も高まってきました。最近では、煮込んでも溶けにくい汁物専用の「おつゆせんべい」「かやきせんべい」が開発され、200年のおいしさも進化を遂げています。