ルーツ探訪 2003年
10月

★ 日本一深い湖
田沢湖(秋田県田沢湖町・西木村)


●かつての魚たちの賑わいを再び。「死の湖」からの脱却をめざして

 北から、山の頂から。色づく秋の便りが聞こえてきます。世に紅葉狩りの名所は数あれど、東北屈指の評判をとるのが田沢湖町と角館町にまたがる「抱返り渓谷」です。サクラやカエデの原生林のなかに点在する大小の滝、奇石にみる自然の造形美、四季を映して滔々と流れる川は、九州の耶馬渓と並び称されるほどの美景です。その抱返り渓谷とともに県立自然公園を形成しているのが、北約10キロに位置する「田沢湖」です。水深は423.4メートルと日本一。直径約6キロ、周囲約20キロ、湖水面積25.5平方キロ、ほぼ円形のカルデラ湖は、その深さのため、寒さ厳しい冬でも湖面が凍りつくことはありません。神秘的と形容されるのは、青い絵の具を溶かしたような深いルリ色の湖面。しかし、その美しさのなかに魚の影はありません。
 火山活動によってできた田沢湖には、流入する大きな川がなく、湖底からの湧水が湖を満たしています。そのためかつては北海道の摩周湖に迫る透明度を誇り、クニマスやウグイ、ヤマメ、イワナといった淡水魚の宝庫でした。しかし1940(昭和15)年、田沢湖を「水がめ」とする水力発電所建設計画が国策の一環として立ち上げられ、水量を安定的に確保するために、強酸性(pH1.1)の玉川温泉の排水を含む玉川(当時pH約3.2)が導水されました。その結果、田沢湖は酸性化がすすみ、魚類はすべて死滅したのです。特に、陸封されたマスが特殊に進化したクニマスは、世界にここだけという固有種でしたが絶滅し「幻の魚」となってしまいました。近年、玉川には石灰石による酸性中和処理施設がつくられ、"死の湖"田沢湖の水質も徐々に改善されつつあります。



●たつこ姫、そして三湖伝説。田沢湖ブルーに秘められた物語の数々

 田沢湖の西・潟尻の湖畔に立つブロンズ像は、彫刻家・舟越保武による「たつこ姫」。湖神とされる絶世の美女です。〜その昔、辰子というまれにみる美しい娘がいた。その美貌と若さを永遠に保ちたいと願い、大蔵観音に百日百夜の願をかけた。すると満願の夜「北に湧く泉の水を飲めば願いが叶う」というお告げを受け、その泉を探し当てる。しかし、飲むほどに喉がかわき、辰子はついに泉を飲み干してしまう。やがて辰子は大きな龍になり、「この湖の主になりなさい」という天の声とともに田沢湖深くに沈んでいった〜と伝説は語ります。さらに八郎潟と十和田湖のともに主(あるじ)である八郎太郎と南祖坊(なんそのぼう)が、辰子をめぐって争ったという三湖伝説も残されています。勝利した八郎太郎は、晴れて辰子と夫婦になるのですが、一緒に過ごせるのは冬のみ。そのために田沢湖は真冬でも氷結せず、一方、主のいない八郎潟には一面びっしり氷が張ってしまうのだといいます。吸い込まれていきそうな濃藍色の田沢湖には、そんな伝承がよく似合います。



参考文献・サイト
ふるさとの文化遺産郷土資料事典5秋田県/人文社
秋田県の不思議事典/野添憲治編 新人物往来社
秋田の自然美 http://www.media-akita.or.jp/akita-nat.-beauty/

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