ルーツ探訪
2000年
1月
▼「昔は試練に耐えてこそ一人前、の成人式?」

●5歳以上も早かった成人式

 ハッピーマンデーの導入で、今年から1月の第二月曜日に移される成人の日。そもそもは昭和23(1948)年に国民の祝日として制定されたのがはじまりですが、大人社会への通過儀礼としての成人式は、たいへん古い歴史を持っていきます。
 現代では満二十歳で成人としての祝福を受けますが、かつては男子は十五歳で成年式が、女子は十三歳ごろに成女式が行われ、労働・婚姻・戦闘の能力を備えたものとみなされたのです。今よりも平均寿命が短かったことを差し引いても、ずいぶんと早くから大人としての責任と義務が求められたのですね。
 奈良時代以降、王朝貴族の成年式は元服(げんぷく)と呼ばれ、はじめて冠をかぶることから「初冠」(ういこうぶり)ともいわれました。冠婚葬祭の「冠」は、実はこれに由来するものなのです。
 女子の場合は、元服とはいいませんが、髪を結い上げる髪上げの儀式が行われました。その後、時代毎の衣装や習わしなどの変化を受けて、儀式自体は様変わりしていきますが、成人式は大人社会の仲間入りをするたいせつな節目だったのです。



●きびしい試練をこえて、やっと「一人前」

 さて、成人式には前述の儀礼的なことのほかに、「一人前」と認められるためのさまざまな風習があったようです。
 とりわけ農村においては労働力によって、一人前かどうかが決められていました。たとえば男子は四斗俵(60kg)を背負って一定の距離を運ぶ力があるか、女子は一日に七畝(210坪)の田植えをすることができるか、などでした。そのほかにも、高い山に登ることや、山ごもりなどの試練によって、大人としての資格を試されたという例も少なくありません。
 奈良県大峰山周辺の村々では、男子十五歳になると大人に連れられて大峰山に登り、西ののぞき、東ののぞきと呼ばれる断崖の上で、足を押さえてもらい、半身をのりだすという風習がありました。同様のものは、全国のいくつかの霊山周辺に共通してみられ、恐怖に耐えながら、人間としての道義を誓って、やっと一人前としてのお墨付きをいただいたのです。



●強い、弱いは、遺伝子のしわざ?

 二十歳を過ぎて、いよいよお酒が解禁となります。日本人は欧米人と比較してアルコールに弱い人が多いといわれますが、これはどうやら日本人のルーツに関係しているようなのです。
 現在の日本人は、何千年という時間をかけて、縄文人と弥生人がたがいに混血しながらできた民族といわれています。最近の遺伝子研究によると、日本に先住していた縄文人は旧モンゴル系の人種で、その遺伝子はアルコールを分解するすべての酵素をつくることができるのですが、あとから渡来した新モンゴル系の弥生人はアルコール分解酵素のうちの一つを欠いており、お酒に弱いことがわかりました。日本人のアルコールに対するタイプ別割合は、(1)強く、かなり飲める人:56% (2)基本的には強くないが、訓練によってある程度飲めるようになれる人:40% (3)まったく弱い人:4% となります。
 一方、コーカソイド系の欧米人の遺伝子には、アルコールを分解するすべての酵素がそろっているため、そのほとんどが(1)に属します。
 適量ならば心身の健康に大いに効果があるといわれるお酒。自分にあった量を知るということも、大人への一歩なのかもしれませんね。



参考資料
「日本人の「しきたり」ものしり辞典」樋口清之監修(大和出版)
「お酒のはなし」日本農芸化学会編(学会出版センター)


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